ようこそ 細見綾子の世界へ

芦田地域が生んだ日本を代表する俳人

細 見 綾 子

明治40年(1907)〜 平成9年(1997)

細見綾子が俳句を作るきっかけとなったのは、肋膜炎(昭和4年)の闘病生活で、佐治町の医師 田村菁斎の勧めによる。その年、松瀬青々主宰の「倦鳥」に投句し、初入選する。それが下記の句である。

「 来てみれば ほほけちらして 猫柳 」

病床から初めて散歩に出たとき得た句である

資料提供 朝妻 力 F A X 0727-23-6549

朝妻 力さんのホ-ムペ-ジ「俳句通信」はこちらです!
☆6年生の教材「短歌と俳句」の参考に!!
俳句入門講座添削・投句などのコーナーがあります

閲 歴
明治40年1月、父 細見喜市、母 とりの長女として 兵庫県氷上郡芦田村(現、丹波市青垣町 )に生まれた。芦田小学校、柏原高等女学校を経て、昭和2年日本女子大学を卒業。
昭和4年秋に、肋膜炎を発病。佐治町の医師、田村菁斎の勧めで俳句を志し、松瀬青々門下となる。 肋膜炎完治後、ふる里を離れ、澤木欣一と結婚し、東京に移り住む。 概念にとらわれない、しかも的確な対象把握により、独特の俳句世界を開いた
句集に、桃は八重、伎藝天、曼陀羅など。随筆集に花の色、他。
勲四等瑞宝章、芸術選奨文部大臣賞

詳細は「細見綾子略年譜」参照

細見綾子の生家

青垣町東芦田

細見綾子と芦田小学校の校歌
細見綾子の句碑
細見綾子の代表作
細見綾子の月別俳句&直筆色紙